講演Ⅰ “高次脳機能障害”―訓練と対応―

深川和利氏
 名古屋市総合リハビリテーションセンター高次脳機能障害支援部長

 

外見からは「みえない」障害注意障害など4つの症状

高次脳機能障害とは、脳に損傷を受け記憶障害や注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが生じ、社会生活を送ることが困難になる障害をいう。外見からは麻痺や失語など目にみえる後遺症が明らかでなく、患者自身も病識をもてないことから、「みえない」障害ともいわれる。会社や家庭に復帰後、怒りっぽくなったり、根気がなくなったりして生活や仕事に支障を来すが、障害の存在が認識されないため、社会との軋轢が生じてしまう。
 平成13年から5年間、厚生労働省の「高次脳機能障害支援モデル事業」が実施され、診断基準が策定された。その後平成18年からは「高次脳機能障害支援普及事業」が始まり、平成22年には全都道府県に支援拠点機関が設置され、現在は全国どこでも支援を受けられるようになった。
 診断基準では主な後遺症として「注意障害、記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害」をあげている。またモデル事業時の調査では6割の患者が病識をもっていないことが指摘されている。
 注意障害の臨床症状として「気が散る」「疲れやすい」「気をとられる」「同時に複数の処理ができない」「速度と正確性の両立が困難」があげられる。精密評価法としてかな拾いテスト、D-CAT、PASAT、TMTなどがある。
 記憶障害の臨床症状としては、「前向性健忘」「逆向性健忘」「作話」「意味記憶の障害」等がある。評価法は三宅式、リバーミード行動記憶検査、WMS-Rなどがある。
 遂行機能障害の特徴は、「段取りが悪い」「見通しが悪い」「要領が悪い」「融通がきかない」「決められない」「プライオリティを判断できない」があげられる。評価法ではBADS、KWCST、箱作り法などがある。
 社会的行動障害には、「意欲・自発性の低下」「退行・依存」「空気が読めない」「易怒性」「固執」「生活リズムの乱れ」などがあげられ、主に対人場面での問題を総称する。

 

リハビリプログラムが必要支援は辛抱強く長く続ける

これら4つの症状のために社会への不適応を来すことが高次脳機能障害の本質である。従って社会復帰のためには高次脳機能障害に特化したリハビリテーションプログラムが必要になる。アプローチとしては、①認知機能自体を向上させる(機能回復訓練=認知訓練)②失われた機能を代償する(生活訓練・職能訓練)③環境を整備する―の3つが考えられる。
 脳損傷後の認知機能低下は回復する。ただし、受傷後3年程度までの期間であり、元通りにはならない。
 機能回復訓練である認知訓練については損傷後1年程度がゴールデンタイムであり、作業療法士や言語聴覚士、臨床心理士など多職種で取り組む。訓練課題は効果、難易度、嗜好などを考慮し適切なものを選ぶ。
 失われた機能の代償法として、注意障害への対応では、短時間の集中と適切な休息、干渉刺激を避ける、1つずつ確実に行う、情報を整理する、速度より正確性を重視する、チェックリスト・掲示などの代償手段を用いるなどがある。
 記憶障害への対応では、記憶することにこだわらずメモや書面に記録する、文字・音声・画像など電子機器を活用するなどの代償手段を用いる。記憶すべき情報は最小限とし、記憶術・エラーレス学習を行うなど記憶すべき情報を整理することが大切になる。
 遂行機能障害への対応としては、段取りを決めてしまい、判断・選択肢を極力少なくして行動をパターン化する。業務では手順書に従って作業を行うようにする。
 社会的行動障害に対しては、その現れ方(きっかけやパターン)を分析し、要因を避けるようにする。社会的行動障害を放置すると、問題行動を繰り返すうちに習慣化し固定化するため早期の介入が必要である。
対応の考え方として本人自身が対応法を身につけることと、周囲が適切に対処することの2つの方向からアプローチする。
 本人に対し、トラブルの要因を避ける、自分が納得して決めたルールを守ってもらう、社会的責任を果たしてもらうよう指導をする。周囲は説得・指摘は避け、落ち着いてからフィードバックをかける一方、セクハラなど反社会的行動に対しては断固禁止を訴える。
 対応のポイントとしては、スタッフみんなが情報を共有する全員一致方式を徹底する。また信頼できる中立的な第三者からの指導が受け入れやすい。トラブルの要因となる地雷のない環境をつくることが大事だ。
 こうした対応を長期間継続することが重要で、1年余りは支援を辛抱強く続ける必要がある。状況により、精神科的対応やカウンセリングも有効な場合がある。

 

自己認識の改善と環境整備で社会復帰が可能に

高次脳機能障害の人は原理的に自分の症状を知ることができない。認知障害によって自分の症状を知る手段そのものが失われており、さらに認知障害は事後的にしか認識できない。
 このため高次脳機能障害のリハビリは「気づき」に至るプロセスである。高次脳機能障害の人は自己認識が低下しているため、自己認識を改善する過程として訓練が必要になる。自己認識の改善の結果として、メモをとるとかチェックリストを使うなどの社会的技能を獲得できる。
 ただし、自分自身をみつめるプロセスは非常に負荷がかかり、本人にとってはとてもつらいことだ。そのための精神的なサポートが必要であり、その上で受け入れ体制をきちんとした環境整備をつくると、社会参加が難しい高次脳機能障害の人も社会復帰ができるようになる。

機関誌『老健』平成27年1月号掲載